言葉が詰まる不安|吃音心理あれこれ(2)
言葉が詰まる不安はどのように弱めていけばようのでしょうか?
「あの言葉が詰まるのではないか・・・言葉が出ないのではないか・・・ちゃんと言えるかな、止まってしまうのではないかな・・・」という事前によぎる不安を発語予期不安といいます。言葉が詰まる不安が強く出る場面は、自己紹介などで人前で自分の名前を言う時、電話で会社名を言う時、朝礼で「おはようございます」の挨拶、館内呼び出し放送など・・・社会生活でさまざまあります。
言葉が詰まる不安(発語予期不安)は、過去に起こった話すことに結びつく失敗体験が同じような場面で呼び戻される時に生じます。これは決して異常なことではありません。例えば、犬に噛まれた体験を持つ人が、犬が近づいてくるのを見ただけで、噛まれないとわかっていても身構えたり、川で溺れたことのある人が、水を見ただけで恐怖心が湧き出てくることと似ています。このように過去に起こった何らかの恐怖・不安体験は、それと似たような場面に直面するとフラッシュバックされるものです。これらの不安・恐怖心をどのように弱めていくかというと、犬に噛まれた人は、おとなしい犬をなでたり、水恐怖症の場合は浅いプールで徐々に水に慣らしていきます。このようにして条件反射を弱め、再条件付けしていく療法を行動療法といいます。吃音改善についても行動療法を利用できると思います。
言葉が詰まる不安(発語予期不安)をどのように再条件付けしていけばよいかということですが、電話でのレッスンでは次の4つの段階を意識して指導させていただいています。
- ひとり、あるいは親しい人の前で、ごく自然に安定した会話、朗読ができること。
再条件付けの一歩は、ひとり又は親しい人の前で充分に朗読練習などをすることです。ひとりでも吃音の出る方はどなたか指導者が必要でしょう。「ひとりでは全然どもらないから自分だけでの練習は意味がない」と考える方もおられますが、アナウンサーは自分で「あいうえお」練習、口の形の練習などしますし、舞台役者は発声練習を心掛けているからあのような声量が出るわけです。同じ意味で基本練習をすることは意味があることです。練習をしなければならないというよりも、練習そのものを楽しむことをお勧めします。
- イメージトレーニング(フレーズ演習)
イメージトレーニングとは①の基本練習を発語予期不安が出そうな場面を想像しながら行う練習です。過去の私でしたら、内線電話をする場面、事務所で他の人たちが私の声を聞いているところでの電話場面です。あたかもそこに自分がいるかのように想像しながら話す練習です。実際に発語練習をしなくても、緊張する場面で安定して話をしている自分をイメージしていくだけでも効果があります。lこのようなプラスのイメージトレーニングはマイナスの自己暗示を和らげることにつながります。 - 実際に演習をする
上記1、2の練習を実際に現場で試す演習をします。例としては・・・- 通行人に「失礼します。市役所はどちらでしょうか?」などと道を尋ねる。
これは相手を呼び止め、ことばをかけるというタイミングをつかむ練習です。彼は長らく会話らしい会話をしていなかったので、「あーそうですか。ありがとうございます。」などの相づちの入れ方やうなずく動作など、自然な会話の流れを持っていく学習を多くしました。発語練習とは、ことばだけの事柄ではなく、体全体で自然な動きを学習することでもあります。 - メールを使わずに、出来るだけ電話での問い合わせ・申し込みなどをする。
彼は受話器を手に取るのですが、今まで恐ろしくて電話したことがなかったのでなかなかボタンを押せませんでした。けれど受話器をもって話す自分の姿をイメージしてやっと「もしもし、おたずねしますが・・・」と切り出すことができるようになり、回数を重ねるとあとは楽にできるようになりました。 - 複数の人々の前で朗読、資料を読み上げる。
複数の人々の前での読み上げなどは、朗読の延長感覚として良い演習の場です。
- 通行人に「失礼します。市役所はどちらでしょうか?」などと道を尋ねる。
- 現場快体験(サクセス体験)を重ねる。
吃音は孤独な世界です。そして改善も自分だけの世界です。だから実際の現場で発語予期不安があるにもかかわらずうまく話せたという自分だけの世界を味わう喜びはひとしおです。これを何度も繰り返すことにより、話せて当たり前という自信が生れ、再条件付けの道が更に確かなものになっていきます。
私の吃音改善の最終段階での発語予期不安について申し上げますと、言葉が詰まる不安がある中で、ほとんど引っかからないで話していた時期があり、その後、詰まる不安が消滅しています。ですから、発語予期不安が生じてはいけないと考えるのは間違いで、詰まる不安があっても再条件付けで養われた制御力が勝っていれば良い訳です。
このように小さな階段を作りながら再条件付けを図っていくという行動療法の原則は、言葉が詰まる不安を弱めていく現実的な方法であると思います。日本語より英語(外国語)の方が吃音が出にくいという方がおられる理由。
私が高校生の時、英語のリーダーの授業がありました。順番が回ってくると、まず英文を読み、次に和訳をするのですが、英文朗読は比較的気が楽で、実際英語については吃音が出にくかったものです。その理由は、
- 英語は所詮外国語であるので、発語が遅れたり多少変な読み方をしてもおかしく思われない。
- 気後れ体験が比較的薄く、マイナスの自己暗示がかかりにくい。
- その結果、英語に関しての発語予期不安が起こりにくい。
また和訳ですが、これも比較的気持が楽でした。理由は、
- 和訳には考える時間が与えられていているので、発語に間があいてもおかしくない。
- ことばの言い替えができる。
- 発語が無理なら、英語そのものの意味がわからないとして開き直ればいい。
という訳です。このように英語の授業では「抜け道」があるので緊張の中にもゆとりがありました。
反対に、国語の授業での朗読は恐怖そのものでした。他の人が同じ文章を目で追っているのですから、抜け道がない。ですから発語の緊張感は大変高くなりました。
このように吃音者にとって、その時々の事情により、発語の背後にある心理は大きく揺れ動くものです。
夢と吃音(どもり)
スイスの精神科医で、心理学者であったC.G.ユングは夢の分析を通して心の世界を深く探りましたが、確かに夢は心の動きを反映するものです。心配事があればその事が夢に出てきますし、吃音で悩んでいると、夢の中でもどもっている自分の姿が出てきます。
私もかつてこのような夢をよく見ました。人前に立って冷や汗をかいて話している自分、たいていはひやひやしながらもなんとか「切り抜けた」という夢で、決して快いものではありません。
たまにたいそう余裕をもって話している夢も見ました。これはうまく話したいという願望の表れだと思います。こんないい夢を繰り返し見ていれば、現実に良い影響が出ると思うのですが・・・。
また同じ時期に、谷の向こう側に向かってつり橋を必死で渡る夢をよく見ました。これは人前で話したり朗読したりする際、「早く切り抜けたい」という不安感の反映だと思います。
朗読の時と会話の時の気持の違い。
朗読も会話もことばを出すことには変りがありませんが、心理状況は異なるように思います。吃音改善の実際のステップとして、朗読練習で自信をつけていくことが大切です。
理由として、朗読は一定の速さを保ちやすく、自分のペースが崩されにくいことにあります。他人が同じ文章を目で追っている場合とそうでない場合とで心理は異なりますが、概して朗読は会話に較べ安定感を保ちやすいと思います。そういう訳で朗読練習を通して安定した呼吸、リラックスした発語感覚を養うことができます。
一方、会話は相手の話し方のテンポに大きく左右されるものです。こちらがゆっくり話し、相手が早口だったりすると、相手の反応が直に伝わってきて、会話のやり取りがしにくくなり、勢いその場しのぎの無理な話し方になってしまいがちです。また、文字を媒介としていませんので、自分の考えを限られた時間内でいかに相手に伝えるかにプレッシャーを感じます。朗読での安定感覚をそのまま会話に活かしていくには工夫が必要です。
その橋渡しとして、二者に分かれて会話文を読んでいくロールプレイ(会話練習)などは大きな助けになると思います。ロールプレイで実際の会話の流れに入って話す模擬体験をすることができます。
※下のフッターの 「診断チェック」吃音心理(1)(3)(4)で、更に多くをお読みいただけます。